menu

メニュー

『我が国における「核融合」の現状について思うこと』 木村 則昭

酸素のない宇宙空間で、なぜ太陽は燃え続けられるのだろう...子どもの頃ぼんやりとそんな疑問を持ったことがあった。 後年になって、あれは「燃焼」という科学反応ではなく、全く別の科学反応であることを知った。 それが、「核融合」だった。

太陽は、1600万度の超高温で、実に46億年も燃え続けている。 生み出すエネルギーはたった1秒で全人類が必要とするエネルギーの100万年分だという。 太陽はまさに「無限のエネルギー源」と言えるだろう。
この無限エネルギーを生み出す「核融合」を、この地球上で再現しようという試みは古くから行われていたが、技術的ハードルが高く、文字通り「夢のエネルギー」に過ぎなかった。

ところが、ごく最近になって技術ブレークスルーによって「核融合」の実用化の目処が立ち、世界中の科学者、経営者、投資家などの耳目を集めている。
(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN07C870X00C23A8000000/)
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231024/k10014235621000.html)
また、既存の最先端分野、宇宙・EV・最新アプリなどから、「核融合」開発への「頭脳の大流出」も発生しているという。 実際、テスラ、グーグル、ハーバード大学などから、「核融合」開発をおこなっている企業へのエンジニアの流出が報じられている。
(https://www.rechargenews.com/energy-transition/unleash-the-stellarator-fusion-pioneer-raids-google-tesla-and-harvard-in-limitless-clean-energy-quest/2-1-1556327)

「核融合」開発がこれほどまでにエンジニアの胸を熱く搔き立てるのには理由がある。
• 燃料がほぼ無限に存在する(燃料はただの水、人類が存続する間に枯渇することはないと試算されている)
• 莫大なエネルギーを生み出す(石油の8,000万倍のエネルギー効率)
• 既存のエネルギーが抱える大きなリスクがない(天候に左右される、温室効果ガスを発生させる、原発事故の可能性など)
つまり、世界のエネルギー問題を一挙に解決できる可能性を持つ「無限エネルギー」の実現を目指す開発だからだ。
しかも、それだけではない。 無限エネルギーは、地球上から紛争を消し去るかもしれない。 なぜなら、世界の紛争の火種のほとんど(70%という説がある)はエネルギーの奪い合いだからだ。
(https://www.xsol.co.jp/corporate/xsolution_world_peace/)

無限エネルギーが実現すれば、奪い合いの必要はもうなくなる。
また、貧困や食糧といった社会問題も一気に解決に向かうかもしれない。 なぜなら、貧富の差も食糧不足も突き詰めればエネルギー不足か分配のアンバランスに行き着くからだ。
これほどまでに、文句のつけようのない理想的なエネルギー開発にもかかわらず、我が国において「核融合」に対する期待は全く盛り上がりを見せていない。 マスコミの報道でその言葉を目や耳にすることもほとんどない。 その理由は、「核融合」の「核」という文字にある。

この国では、国民の「核」に対するアレルギーが凄まじく、「核」という文字を見ただけで条件反射的に強烈な拒絶反応を示してしまう。 実際、岐阜で核融合研究所建設をしようとしたとき、地元から大反対の声が上がった。 なんと3万人の反対署名を集めたという。
岐阜の核融合実験反対、3万人分の署名提出 – オルタナ (alterna.co.jp)
また、京都大学大学院が公表した研究論文『「核融合」の国内認知度・イメージ分析』によると
・日本人の86%が「核融合」と「核分裂」(原子爆弾や原子力発電に使われる)を「同じもの」と認識していて、
・「核融合」という言葉を知っている人ほど、「核融合」を理解していないという傾向がある、
というのだ。
「核融合」の国内認知度・イメージ分析 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター (jst.go.jp)

言うまでもなく、「核融合」と「核分裂」は全く違う科学反応だ。 「核分裂」は文字通り原子核が分裂する反応で、一度発生すると次々と連鎖反応を起こしやすく、暴走すると制御が難しく最悪の場合、福島第一原発の事故のような事態に陥ってしまう。 また、原発には核廃棄物の処理問題も生じる。
それに対して「核融合」は、簡単に言えば、水素と水素(正確には重水素と三重水素(トリチウム))がぶつかってヘリウムと中性子が発生するだけ、その際に放出される高エネルギーをつかまえて利用しようというものなので、CO2も核廃棄物も発生しない。 しかし、そのためには多くの条件を同時にクリアする必要がある。 例えば、一億度以上の高温を保つというのもその一つだ。
太陽が1600万度。 地球上で「核融合」を実現するには実にその6倍以上もの超高温を管理することが必要なのだ。 そのために、人類の叡智を集めた技術開発が行われている。 「核融合」は地球上の自然界では勝手に起こりえないので、万が一トラブルがあると、条件が崩れ自然に反応がストップするだけ。 「核分裂」のように反応が暴走することはない。

皮肉なことに、「核融合」開発で日本の技術は世界のトップに君臨している。 例えば、核融合炉で利用する「ジャイロトロン」。マイクロ波で核融合炉内のプラズマを加熱し核融合反応を促す装置だが、これを作れるのは日本とロシアしかない。 欧州と米国でも研究開発が進められているが実用できるレベルではない。 ロシアはジャイロトロンを発明した国で、今も高い競争力を持つが、ウクライナ戦争による輸出規制の影響という不安定要素を抱えている。
(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC098TK0Z00C22A5000000/)
ジャイロトロンに限らず「核融合」に関連する装置の部品は、日本の技術でしか作ることができないものだらけで、ほとんどの部品は実は日本企業が製作しているという。
核融合発電の会社 (17社登録) | NIKKEI COMPASS – 日本経済新聞

2020年時点で日本のエネルギー自給率は11.3%、OECD38カ国中、最下位から2番目の37位、 万年エネルギー輸入国だ。 しかし、ここにきて世界トップクラスのモノづくり技術でエネルギー格差を逆転できる夢が広がってきた。 核融合の燃料の水は、日本の周りの海がそのまま資源になる。 そうなれば、日本は島国であるがゆえに世界有数のエネルギー大国になれる可能性が広がる。
にもかかわらず、「核は危ない!」とか「福島を忘れるな!」とか、「核融合」と「核分裂」の区別もつかない無知と偏見による反対意見に圧されて、国民からの後押しが得られない現状とは一体何なのか。

日本のモノづくり技術が世界のエネルギー問題解決をリードしていることに日本人として大きな誇りを感じるが、しかしそのことが国民の間で正しく認知されておらず、正当に評価されていないことに忸怩たる思いを禁じ得ない。 一日も早くそのような状況が是正され、そしてその技術の成果がこの国に根付く日が一日も早く来ることを真に望みたい。(令和6年1月28日)