
『新体制のもと「研究成果を社会に発信しよう」』岡本 享二
2023年6月15日
5月20日に行われた総会で今年度の新体制が承認された。昨年来の学会事務局の移管がスムースに行われ、経費の改善も年を追って効果が出てくると思われる。今年は研究体制を充実させ、学会員の増加を既存会員で努めましょう。
今回の巻頭言では研究活動と執筆について思うままに記してみた。
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水泳とサイクリングが20年来の健康法である。毎日1500メートル泳ぐスポーツクラブ(大井町)に自宅(等々力)から往復20Kmを自転車で行く。サイクリングを強化する目的で多摩川サイクリングコースを利用して六郷橋や大師橋経由で大井町に行く大回りコースも創った。
学会の研究会@南青山(OVE)、会合@山吹町(事務所)、勉強会@東大本郷、NHK博物館@愛宕山、都内の美術館なども原則自転車で行く。毎日20〜40Kmをこなすが、都内ポタリングは季節の変化や街の息吹を感じることができて楽しい。走行技術もそれなりに身について安全にも配慮しているのでサイクリングには自信がある。その思いが一転した。
5月初旬、小雨の振り出した夕暮れどき、家路を急いでいた。九品仏駅近くの斜めに線路が渡っている(渡りにくい)踏切でスリップした。車上から半回転して線路の敷石に左肩から突っ込み、レールを枕のようにして頭を打って、空を見上げる形で止まった。間髪を入れずに4、5人が駆け寄って来て、自転車を起こし、安否を気遣ってくれた。幸いにも硬い敷石が逆に緩衝材となって骨折も怪我もなかった。それよりもびっくりしたのは頭を線路で打ったにもかかわらず(4月から努力目標になっていたヘルメットをかぶっていた効果で)まるでやんわりと手のひらで受け止められたような感触が残ったことだ。
その不思議な感覚を多くの人にも知っていただこうと、読売新聞の投書欄『気流』に顛末を送ったところ5月22日に掲載された。6月初めには担当者から「大きな反響があって5月の気流賞に選ばれたので再掲載させてほしい」と電話連絡が入り6月8日に再度同文が掲載された。
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前書きが長くなったが、ここからが本論である。
社会に対して文章で訴えると絶大な効果がある。2004年末に日経新聞社から上梓した『CSR入門』の発刊も好例だ。初版2万部と言うことで「そんなに売れるかなぁ」と心配と興味で、銀座や池袋の大手書店に覗きに行った。平積みになっている著書を手に取って買ってくださる方が結構いて感動を覚えた。
発刊後3、4ヶ月して、朝日新聞の読書評欄に好意的に掲載されたことによって売れ行きが伸びた。出版後、2、3年は大学の(中には高校も)「入学試験問題に本文中の文章を引用したい」との問い合わせが10件ほどあって承諾した。
著作の経緯も教訓的だった。日経新聞社の編集部から「CSRの入門書を書いてもらいたいので試案を作ってもらえませんか」と問い合わせがあった。「3、4人の専門家にお願いしているので、採用になるかは、出揃った後の編集会議(選定会議)で決まります」ということも同時に知らされた。
自分の思うところをまとめて送ったところ一ヶ月ほどして、「岡本さんの内容で発刊したいと思います」と返事が来た。しかしその次がいけない。「ついてはここの部分は削除していただいて、こういう項目も追加していただけませんか」と注文が入った。翌日、「自分の信念とするところで書きたい。内容の一部を変更するのであれば、他の人に書いてもらってください」とお断りした。
それから2、3週間して「再検討の結果、岡本さんの線で行くことに決まりました」。そして今度は「思っている通りに書いてください」と相成った。
発刊されて増刷が続いていたころ、打ち合わせの席で担当の編集子が、「先生の本には当時あまり気づかれていなかった、生物多様性や生態系の事まで入っているので長く読まれています」と褒められた。
「フ〜ン」と思いながら、A.B.(あさみ・ベートーベン)という野鳥観察の本を数冊出していた先輩から出版のコツを聞いた時のことを思い出していた。A.B.は大きな体をゆらせながら「類書で良く売れている本を5、6冊買って良いとこ取りするんだよ。その上で、自分の特技である趣味の写真をたくさん添えて出版した」と教えてくれた。なるほどと感心はしたが、私は彼の逆を行くことにした。CSRや環境問題を社会学者として捉える場合(これが生物・医学・物理学・化学などと違うところなのだが)「先駆者の発見した理論や成果の上に乗る学問ではない」「社会科学は時代の変化と社会の要請に注目する必要がある」「従来からの踏襲は無意味だ」と言う信念があった。結果、類書を一切見ないで、独自の考えで書き進めることにした。結果的に13刷りまで行ったと今でも回顧している。
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『CSR入門(日経文庫)』以外でも、納得がいって執筆した研究成果として月刊誌に16回連載された『遺伝子組み換え技術はどこへ向かうのか』がある。毎月2,500字にまとめること16ヶ月。今読み返えしても写真や図表も入れて、良く書いたなぁと我ながら感心する。この分野に興味があってお茶の水大学と筑波大学で足掛け6年間講義を聞き、先生方にインタビューを繰り返した結晶だ。
現在の研究活動は学会仲間との『真資本主義研究』『生物に学ぶ企業経営』である。それ以外にも個人研究として『ガウディの観たサグラダファミリアの植物学的知見』『脾臓の免疫学的研究』がある。前者は私のモットーでもある「生物に学ぶ」と、ガウディーの言っている「人間は創造性がない。創造性は全て生物から学んだ」の考えが似ているので、NHK博物館@愛宕山に通って膨大なフイルムやVR映像を観ながら研究を進めている。後者はコロナなど感染症と脾臓の関係に興味を持っており、試行錯誤を繰り返しながら研究を始めている。
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ここ2、 3年、何人かの学会員や研究者から出版相談を受けてきた。
その時に私が掲げる考慮点は3つである。
①自分自身が興味のあることに専念する。(無理やり苦労して書かない)
②類書は読んでもいいが、真似をしてはいけない。(新規性と独創性が重要)
③専門エリア外の幅広い知識や動向を踏まえて書き表すと良い本ができる。
と、唱えている。
『気流』に掲載されたことでもわかるように、文章にして社会に広く読んでいただくと効果は絶大だ。学会の研究誌(Sustainable Management)にあなたの研究成果を載せて、それを踏み台にしてさらに著書や研究活動に邁進してもらいたい。当学会の研究誌は日本学術協力学術研究団体として国によって認められている由緒ある報告書だ。大いに活用していただきたい。
出版業界の状況は苦しく、以前にも増して出版への道は厳しいと聞く。当学会の事務全般を移管している(株)国際文献社は、元々は出版社であり、同社と組んで学会内に出版事業を併設することも考えてみたい。
その時のためにも当学会員が研究活動に励み、学会の研究発表論文集への積極的な投稿に心がけていただきたいと切に願うものである(2023年6月15日)。