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『組織は人なり 〜開示の量から質が問われる時代に〜』 村井 秀樹

会長に就任して一年が経過した。この一年で最も強く感じたことは、組織は結局「人」で動くということである。

私はこれまで、学会は個人の力ではなく、組織の力で運営すべきであると再三述べてきた。会長就任後、学会に八つの委員会を設置し、8人の副会長にそれぞれの委員会を担当していただく体制を整えた。その狙いは、個人の熱意や属人的な努力に過度に依存する運営から、責任と役割に基づく組織的な運営へ移行することであった。

本学会はこれまで、多くの会員の献身的な努力によって支えられてきた。しかし、今後必要なのは、一部の人だけが走る体制ではない。副会長、理事、会員がそれぞれの役割を自覚し、自分事として状況を共有し、成果を検証し、次の改善につなげる運営である。組織論の言葉でいえば、目的、役割、責任、意思決定の仕組みを明確にし、その上で構成員が当事者意識を持つことが不可欠である。

先月の春季大会は、その成果を確認する一つの機会であった。生物多様性をテーマとする4人の講演、12件の個人研究発表、そして初めてのポスターセッションには14チームが参加し、大会は盛会裏に終了した。しかし、開催したこと自体に満足してはならない。参加者に何を提供できたのか。報告の質は社会に発信できる水準にあったのか。企画の背後に明確な問題意識があったのか。そこを問うことが、次の成長につながる。

さて、いま企業には、非財務情報の広範な開示が求められている。TCFDによる気候関連情報開示、TNFDによる自然関連情報開示に続き、TISFD、すなわち不平等・社会関連財務情報開示タスクフォースの議論も進んでいる。人的資本、人権、サプライチェーン、地域社会、不平等に関する開示は、今後ますます重要な論点となる。

ただし、ここで問われているのは、情報開示の「量」だけではない。最低限の情報量は必要である。しかし、本質は情報開示の「質」である。企業が気候や自然にどう向き合うのか。人をどのように育て、活かし、守るのか。人権リスクをどう把握し、サプライチェーンや地域社会に対してどのような責任を負うのか。開示とは、組織の価値観、責任体制、意思決定、行動変容を社会に示す行為である。

人的資本の開示も同じである。従業員数、研修時間、女性管理職比率、離職率といった数値を並べるだけでは、本質には届かない。人がなぜ働くのか。どうすれば力を発揮できるのか。組織は人の意欲をどう高めるのか。経営者は人に対してどのような責任を負うのか。そこまで踏み込まなければ、人的資本経営とは言えない。

人権開示も、企業の外側にある特別な問題ではない。従業員、取引先、地域社会、消費者、将来世代との関係をどう考えるかという、経営そのものの問題である。組織が何を大切にしているのかは、人への向き合い方に最もよく表れる。

この意味で、「組織は人なり」という言葉は古くない。むしろ、サステナビリティ開示が高度化する時代だからこそ、改めて重みを持つ言葉である。気候、自然、人権、人的資本は、別々の課題ではない。いずれも、組織がどのような目的を持ち、誰が責任を負い、どのように行動を変えるのかが問われているのである。

補遺

今回の巻頭言では、「組織は人なり」という言葉を、組織は構成員によって動くのであり、カリスマ的な個人だけで動くものではない、という意味で述べた。

しかし、日本時間の昨日(6月12日)、SpaceXがIPOを行い、過去最大規模となる750億ドルを調達したとの報道に接し、改めて考えさせられた。カリスマ的な経営者に惹かれ、その構想に賭ける人々が、組織の内外から巨大な推進力を生み出すこともある。イーロン・マスクという一人の人間、そして彼が語る壮大な未来像に、多くの人が賭けている。各家庭が太陽光でエネルギーを生み、蓄電池に蓄え、家庭やEVに供給する社会。宇宙空間に巨大なソーラーパネルを建造し、地上の通信やエネルギーのあり方を変える構想。さらには、人類の火星移住という夢。これらは、単なる事業計画を超えた未来像である。

ただし、カリスマだけでは組織は成立しない。カリスマを支える組織、人材、投資家、顧客、社会の期待があって初めて、構想は現実の力を持つ。逆にいえば、強い理念を持つ人間と、それを支える組織の力が結びついたとき、組織は爆発的に前進する。やはり、組織は人なりである。問題は、一人の人間に依存することではない。人が人を動かし、組織がその力を受け止め、社会に価値を返す仕組みを持てるかどうかである。(2026年6月13日記)