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『企業の目的とパーパス』丸山 秀一

「あなたの会社は何をする会社ですか?」と聞かれて、定款にあるような事業目的や事業内容を答えるのは不十分という話を聞いたことがある。問われているのは、その事業を通じて何をするかであり、顧客や社会に対してどのような価値をもたらすかである。そしてそれがその会社が存在する意義であり目的となる。

そもそも「企業の目的」とは何かについては、英国では、①株主第一主義、②啓発的株主価値、③多元的アプローチの3つの考え方が存在するとされている(*1) 。株主第一主義は、フリードマン・ドクトリンに代表される、ひたすら収益を拡大し株主価値を最大化することをめざすものであり、啓発的株主価値は、株主の利益の最大化をめざすものの、ステークホルダーの正当な利益を尊重し、顧客や取引先、従業員、社会など、全てのステークホルダーへの責務を果たすことにより長期的な株主価値を拡大するものである。多元的アプローチは、経営において複数の視点や価値観を取り入れる考え方で、株主だけでなく、従業員、顧客、地域社会、環境、さらには将来の世代など、複数のステークホルダーの利益を同時に考慮するもので、必ずしも株主利益を優先するものではない。どの考え方が中心かは時代によって変わり、その前提となる企業に求められる役割やあり方も変化している。
日本の日本経済団体連合会(経団連)が提唱している企業行動憲章の前文を見ると、以下のような変遷が見られる。
2004年改定:企業は、公正な競争を通じて利潤を追求するという経済的主体であると同時に、広く社会にとって有用な存在でなければならない。
2010年改定:企業は、公正な競争を通じて付加価値を創出し、雇用を生み出すなど経済社会の発展を担うとともに、広く社会にとって有用な存在でなければならない。
2017年改定:企業は、公正かつ自由な競争の下、社会に有用な付加価値および雇用の創出と自律的で責任ある行動を通じて、持続可能な社会の実現を牽引する役割を担う。

このように、「利潤を追求するという経済的主体」から「持続可能な社会の実現を牽引する役割」へ企業に求められる役割も変わってきている。
持続可能な社会の実現を牽引するために社会に有用な付加価値を創出することを求められるのであれば、自社が社会にどのような付加価値をもたらしてその役割を果たすのか、その存在意義(パーパス)が重要視されるようになってきているのは必然の流れである。しかしながら各社が経営理念と並んでパーパスを表明するようになってきているものの、現状各社のパーパスは抽象的でスローガンのような内容も多く、どのような付加価値をもたらすか具体化がまだ不十分と感じられる。更に、“有用”であることも必要で、様々なステークホルダーと多元的に向き合い、それぞれにおいて創造、保全又は毀損される価値に配慮する必要があり、一部のステークホルダーに過度な不利益を強いてはならない。

「様々なステークホルダーに配慮し、社会にとって有用な付加価値」というものを具体化することができれば、それが“企業がめざすもの”となる。そしてそれとともに“企業の業績とは何か?”という新たな疑問が生じる。現在の売上や利益などの財務的な業績では、“企業がめざすものを達成できているかどうかを“表現できなくなり、新たな指標が求められる。ESG指標はその一端であり、「様々なステークホルダーに配慮」を表現することはできるが、「社会にとって有用な付加価値」を十分に表現できない。「様々なステークホルダーに配慮し、社会にとって有用な付加価値」を具体化し業績として表現できるようになれば、価値観が変わり社会・経済が変わる可能性がある。(2025年2月)

*1 林 順一(2021)「英国・米国における「会社の目的」に関する最近の議論とわが国への示唆」日本経営倫理学会誌第28号 p52