
『社外取締役の新たな役割』 長谷川 浩司
2024年10月6日
小林製薬で不祥事が発生した。同社のスローガン「“あったらいいな”をカタチにする」で思い出したことを手掛かりに、「あったらいいな」と「コーポレート・ガバナンス」を考えてみたい。
思い出したのは1986年の大学入学前のことである。三洋電機は、一部製品に危険があることを公表し、テレビCMでも危険を呼びかけた。皆が卒業旅行などを楽しむ中、同社に勤めるお父さんが大変だという友人の声を受けて、筆者は毎日、全国の販売店から集められた伝票の中に該当製品がないかの点検に明け暮れた。寒く薄暗い作業所の片隅で、危険を知らずに使用している人に伝えるための伝票が「あったらいいな」という思いだけが頼りであった。そして、大学入学前に不祥事発生企業の社員の苦労を思い知ることができた。
大学卒業後に入行した銀行では、ニューヨークでの不正取引により1000億円の損失が生じる不祥事が発生した。預金獲得ノルマを課され日々お客様を訪問していたが、今度はコンプライアンス研修受講のノルマである。研修を受講すべきは企業理念からかけ離れた事業を米国で展開するような舵取りを誤った取締役会ではないか、と1万人の社員の誰もが思ったであろう。船の舵取りを誤らせない社外取締役の機能が「あったらいいな」という思いが、今日のコーポレート・ガバナンス研究の原点となった。
ところで、当時、日参していたお客様に明治から続く老舗和菓子店があった。高齢の経営者は、夜半の仕込み現場にいると聞いて、近くに泊まり込んで、夜中の作業現場を押し掛けた。高齢ながらも夜中の作業現場に立ち会う理由を聞いたところ、「人様の口に入れる責任」という言葉を教えて頂いた。小林製薬には消費者、医療機関、販売店から情報提供を受ける機能があり、医療機関からの指摘も毎年寄せられていた。同社の社外取締役に、製薬会社の舵取りの要諦として、「人様の口に入れる責任」概念からのコーポレート・ガバナンスが「あったらいいな」であった。
昨今、経済産業省などからも社外取締役の実務指針やケーススタディ集などが公表されている。しかし、社外取締役に大切なのは、会社の事業の本質を理解して、その本質からカギとなる情報を察知し、医療機関などからの重要情報を自ら収集し、船の舵を取ることである。現代の社外取締役には、このような新たな役割が求められている。ちなみに2018年のスルガ銀行不正融資でも、沢山のクレーム情報が寄せられていたが、社外取締役がクレーム情報から航路の誤りを読み取り、船の舵を切ることはなかったのである。社外取締役の新たな役割の詳細は、拙著「社外取締役の新たな役割」(文眞堂)を参照されたい。 (2024年10月6日)