
『2050年カーボン・ニュートラル目標達成のために ~Think with Awe, Act Proactively~ (畏敬の念を持ち、先を見通して創造的に行動しよう)』 花田 眞理子
2024年9月11日
今年も9月半ばになり、暦の上では白露を迎える候となりました。
白露は暦の上で『この頃から秋の気配が感じられ始める』季節を表す二十四節気の一つですが、最近は立秋(今年は8月7日)、処暑(同8月22日)を過ぎてもなお最高気温35℃を超える猛暑日が長く続くなど、以前よりも暦と現実のずれはさらに大きくなってきています。これも地球規模の温暖化の深刻な影響の一つと言えるでしょう。
あまりの酷暑とその社会的な影響が様々な面で顕著になってきたため、日本でも2023年には気候変動適応法が策定されましたが、翌2024年には早くも法律が修正され、熱中症対策のさらなる強化などが求められるようになりました。以前から指摘され続けてきた温暖化の影響が現実に日常生活を脅かし始め、大慌てで対症療法に取り掛かったわけですが、まだ根本の原因である社会経済システムを変革する施策までには至っていないように思われます。
気候変動対策として国が策定した地球温暖化対策計画では、当初2030年温室効果ガスの排出削減目標は26%削減(2013年度比)でしたが、それではとてもじゃないが2050年カーボン・ニュートラルは達成できないため、2021年にはその2030年目標を46%削減に修正せざるを得なくなりました。シミュレーション・モデルと整合性を持たせるような数字合わせは簡単ですが、ではそれを実行するための社会変革は進んでいるでしょうか。
こうした国の目標修正に合わせて、今度は当然のように地方自治体の削減目標も変更を迫られることになりました。筆者の関係しているいくつかの自治体の環境審議会や温暖化対策部会でも、おしなべて目標の見直しが議題にあがり、国と同レベルの削減目標への変更を余儀なくされています。担当者は達成のために可能な施策を洗い出し、それぞれで可能な排出削減量を算出して合計し、目標値に合わせていくわけですが、いずれの施策も企業や市民といった経済システムのプレーヤーの行動変容なしには実現しないものばかりです。その行動変容を促すインセンティブの創出と共に不可欠なのが、市民の日常生活や企業の経営判断での意識改革なのですが、目標値をいじることと比べると、意識向上や行動変容を実現することは簡単ではありません。
パタゴニアの創始者イヴォン・シュイナードとヴィンセント・スタイリーの著書「レスポンシブル・カンパニー」(ダイアモンド社)には、企業の行動変容によって社会的な評価と経済的な成功とを結びつけた同社の事例が、「社会や環境に対する責任を果たすと、結果として、ビジネスにも奏功する」ためのヒントとして示されています。変化の兆しにいち早く気づき、手遅れになる前に責任ある一歩を踏み出すことが重要で、「事業の健全性」「社員」「顧客」「地域」「自然」のそれぞれに対する責任を全うしようとする意思決定が、周りのステークホルダーの意思決定を動かしていく流れがよくわかります。まさにproactiveな経営の成功例と言えるでしょう。
ご存じのようにパタゴニアはアウトドア市場で成功をおさめると同時に、社会的な評価やステークホルダーからの敬意を得ています。こうした事例の共有が、消費者も企業もカーボン・ニュートラル目標に向けた次の一歩を踏み出すための推進力になっていくものと期待しています。
さて今年の日本は、元旦の能登半島大地震で幕を開け、史上最高の暑い夏(6月~8月の気温がなんと平年に比べて1.76℃も高かった!)を迎えました。私たちは異次元の激しい台風の度重なる襲来に耐えながら、自然の偉大な力を前にした人間の無力さを痛感させられることになりました。気候変動ほどには話題になっていませんが、クビアカツヤカミキリのような外来生物の脅威が全国に急拡大している現状も懸念されますが、特効薬(対策)はいまだに見つかっていません。
一方で、株価の乱高下に一喜一憂し、活断層の上にあることがわかっている原発一つ止める決断ができない私たち人間の情けなさはどうでしょう。地球環境や自然環境全体の長い歴史からみれば、ほんの短い間地球上で好き勝手しているヒトという生物種の行く末など、火を見るよりも明らかだと思うのですが、いかがでしょうか。
今からでも遅くない(と信じたい)、なんとかして社会経済システムを持続可能なかたちにシフトしていくことが喫緊の課題です。ではどのような行動基準を社会システムの中に導入すればよいでしょうか。
地球環境問題に取組む際によく耳にするのは、Think Globally, Act Locallyという言葉で、特にESD(持続可能な開発のための教育)の分野のスローガンとして使われてきました。これに加えて、地球環境や自然資本といった大きな存在に対する畏敬の念をもって、先を見通しながら創造的に行動すること、Think with Awe, Act Proactivelyがこれからの私たちに求められる行動基準だと考えます。
通常、市場のプレーヤーは、もっと売上利益が増大するように、あるいは個人消費による満足度が増大するように、と考えながらそれぞれ生産/購買行動を決定していきます。もしこれからも私たちの経済社会が持続するようにと願うならば、行動決定のための価値基準に、直接市場で対峙することのない自然資本(環境や生物多様性などは貨幣価値では評価されない)の価値や、将来世代の人たちへの影響(現在の市場には反映されていない)を加えることが不可欠です。すなわち、自然に対する畏敬の念(Awe)を持ち、自分たちは自然の一部に過ぎず、長い目で見れば結局自然のつながりの中でしか存在できないことを謙虚に受け止めることが必要なのです。
地殻変動や地球環境の変化を前にすれば、私たちの存在など吹けば飛ぶように軽いものです。技術で気候変動問題を解決しようとするだけでなく、想像の翼と創造のアイデアを知性に結び付けて、人間関係を武器としたレジリエントな社会を創っていかないと、2050年カーボン・ニュートラル目標は到底達成できず、私たちに未来はありません。
将来世代も二十四節気を感じる豊かな世界に暮らすために、環境経営学会の皆さんもこの機会に、ぜひそれぞれのお立場で行動を再考してみてください。
Think with Awe, Act Proactively! (2024年9月11日)