
『脱炭素社会における森林への注目と森林経営の脆弱性』 大塚 生美
2023年9月10日
本年度より理事を拝命いたしました大塚生美と申します。森林総合研究所に勤務し,森林の社会科学分野の研究室に所属しております。巻頭言の執筆に際し,最近,私の周りで起きている身近なことからテーマを考えてみました。
周知のとおり,脱炭素社会に向け,再生可能エネルギーの原料や二酸化炭素の吸収源となる森林がにわかに注目を集めています。前者の再生可能エネルギーに関しては,2011年の東日本大震災の後,再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)の後押しもあり,木質バイオマス発電所が日本全国で建設されました。同時に,大量の木質ペレットが北米から輸入されるようになりましたが,輸出国では木質ペレット向けの伐採が大規模に行われることが危惧されています。それは,再生に多くの時間を要する泥炭地からの伐採といった生態系を脅かすような生産現場のみならず,木質ペレット工場からの大気汚染物質の排出による住民の健康被害も問題となっていることに由来します。これらのことを一種のグリーンウォッシュと評しているアメリカの研究者もいます。
後者の二酸化炭素の吸収源となる森林に関しては,日本ではJ-クレジットが盛り上がりをみせています。今のところ,J-クレジット全体に占める森林由来の割合は僅か2%ではあるものの,林業界以外からの資金流入が可視化されたことで森林由来のJ-クレジットの取引が拡大傾向にあることが話題になっています。一方,森林由来のJ-クレジットの算定根拠には森林の成長を予測する林分収穫表が用いられますが,林分収穫表のデータ更新が遅れているという問題も内在しています。
脱炭素社会に向けた森林への注目は,森林の価値を向上させている側面があり,森林ファンドの組成にも注目が集まっています。しかしながら,立木の評価は市場価格から類推できますが,今日,所有者の経営意欲が後退の局面にあって,林地売買が日常的に行われていない林地の評価額算定は非常に難しいのが実態です。
日本では,森林の管理費用をこれまでの補助金に加え増税によって賄う仕組みも作られました。アメリカで調査していた折,森林が豊富な日本は自国の森林を守るために他国から輸入しているのか?と投げかけられたことがあります。アメリカの林業州とされるオレゴン州では,州森林施業法の下,再造林率99%を達成し,森林セクターには少なくとも1万5千人が伐採作業に,1万8千人が運送等関連事業に,5万2千人が製造業に従事するとされ,アメリカ西部開拓時代以来,オレゴン州の経済を支え続けています。今,森林分野では身近な資源の価値を如何に国民と共有し,地球規模の環境問題に対応し得る森林経営とは如何にあるべきか,古くて新しい課題が問われていると言えます。(2023年9月10日)。