『大阪万博の木材利用が突きつける課題』 村井 秀樹
2026年1月15日
2025年大阪・関西万博の大屋根リングは、国産木材の活用を前面に掲げ、「持続可能性」を象徴する構造物として語られてきた。しかし、環境経営、特に自然資本経営および環境会計の視点から見たとき、その調達、利用、会期後の処理までを含めた全体設計は、十分に検討されているとは言い難い。
私は2024年11月、TREIN(東京エネルギー情報ネットワークス)の視察として、大屋根リングの柱材供給に関与した福島高度集成材製造センターを訪問した。この広大な敷地は、もともと新設原発用地として計画されていた場所である。現場で確認したのは、主として福島県産原木の製材工程と、接着剤を用いて圧縮・積層する、いわゆる大断面集成材の生産工程であった。復興支援や国産材利用という社会的文脈は理解できるものの、木材は森林資源というより、短期使用を前提とした工業製品として位置づけられている印象が強かった。
さらに、万博開幕から一週間後に現地を訪れた際、海に面した区画では、塩害の影響から柱の表面が黒く変色している様子が確認できた。塩風環境下での木材劣化は建築分野では周知の事実であり、会期が約六カ月に及ぶことを考えれば、耐久性や補修コスト、さらには会期後の再利用可能性まで含めたライフサイクル設計が問われる。
ここで看過できないのが、集成材の「その後」である。集成材は、技術的に再利用や再資源化が不可能な材料ではないものの、接着剤を用いて積層された木質複合材料であるため、解体後に建築部材として再利用することは、日本の制度および実務の両面において容易ではない。実際、環境省の調査が示すように、建設由来の木材廃棄物の多くは、破砕後に燃料利用として処理されており、集成材や合板等の接着材を含む木質材料も、この区分に含まれている。制度上は再資源化と整理されるが、その内実はサーマルリサイクル、すなわち燃焼処理が中心である。また、接着剤を含む木材の燃焼に際しては、排ガス管理や適切な処理設備を前提とすることが、環境省の報告書においても指摘されている。こうした実態を踏まえれば、集成材利用を単純に循環型利用と評価することには、環境経営の観点から慎重であるべきであろう。
この点は、近年国際的に議論が進む自然資本に関する情報開示の枠組みと照らしてみると、より鮮明になる。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が示す考え方では、事業活動が自然資本にどのように依存し、どのような影響を与えているのか、さらにそれが中長期的なリスクとしてどのように顕在化し得るのかを可視化することが求められる。また、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)においても、サステナビリティ情報は理念や方針ではなく、具体的な事業活動と結びついた形での開示が前提とされている。こうした枠組みに照らせば、大屋根リングにおける木材利用は、調達時点での配慮だけでなく、使用期間中の劣化リスクや会期後の処理方針まで含めて説明されるべき事業である。
同様の構造的問題は、すなわち自然資本の劣化を見えにくくする事業構造は、バイオマス発電にも見られる。間伐材や廃材の活用自体は意義深いが、海外から輸入される油ヤシ殻等を燃料とする発電を再生可能エネルギーとして位置づけることには、強い疑問を抱かざるを得ない。輸送過程の環境負荷や土地利用転換、生物多様性への影響を考慮すれば、自然資本の劣化を前提とした事業モデルと言わざるを得ないからである。
木材利用は、それ自体が環境に優しい行為であるかのように語られがちである。しかし、どのような木材を、どのように加工し、どの程度の期間使い、そしてその後どう扱うのかによって、環境への意味合いは大きく異なる。万博では国産木材の活用が象徴的に語られる一方で、使用後の再利用や再資源化の方針が、調達段階からどこまで明示されていたのかは明確ではない。万博という期間限定の国家的プロジェクトであるからこそ、利用後を含めた説明責任がより強く求められるはずである。環境経営学会にとって、その問いに正面から向き合うことが、いま求められている。
【参考文献】
環境省 令和6年度(2024年度)『建設廃棄物の再資源化に関する調査・検討業務報告書』
https://www.env.go.jp/content/000314280.pdf(最終閲覧日:2026年1月4日)
(2026年1月1日記)
P.S.
※以下は、筆者が行ったヒアリングに基づく備考であり、環境経営学会としての公式見解ではない。
2026年1月6日、福島高度集成材製造センターへのヒアリングを行った。大屋根リングに使用された木材は約20,000㎥である。当初は全量国産材での建設が想定されていたが、ウッドショックの影響や構造上の制約により、実際の国産材使用率は6割から7割程度にとどまった。このうち、同センターで製造されたのは約3分の1にあたる6,600㎥であり、残りの3分の2は国内の競合他社約10社が分担している。現時点でリサイクルまたはリユースが決定しているのは約3,000㎥で、全体の約15%に相当する。その一部は能登地震の復興住宅に使用される予定である。一方、残る約85%については活用方法が未定である。約3年間使用された柱材を再び構造材として用いる場合、強度評価の問題が生じるが、現行制度では、使用済み構造材を再び建築構造材として用いることを想定した明確な安全基準が整備されていない。このため、現状では家具や造作物としての利用に限定されているのが実情であり、課題は小さくない。